随時改定の教科書。10月に時給を上げる前に、読んでおいてください。
今年も、最低賃金が上がります。
2026年度の目安は、全国平均で55円の引上げです。
多くの県で、10月から時給の改定が続きます。
時給を上げると、社会保険の手続きがひとつ動き出します。
随時改定、いわゆる月額変更届です。
今日は、この話をします。
先に結論を言っておきます。
随時改定は、固定的賃金が動いたときだけ、動き出します。
残業代がいくら増えても、それだけでは対象になりません。
逆に、時給が変わらなくても、契約時間を変えたら対象になります。
このあたりを、教科書のつもりで順番に書いていきます。
保険料は、毎月の給料から計算されていません。
まず、前提の仕組みからです。
健康保険と厚生年金の保険料は、毎月の給料そのものからは計算されていません。
標準報酬月額という、区切りのいい金額に当てはめて計算されています。
この標準報酬月額は、原則として年に1回だけ見直されます。
毎年4月から6月の給料の平均で決めて、9月分から使う。
保険料は翌月控除している会社が多いので、実際の保険料は10月支給の給与から変わることが多いです。
これが定時決定、いわゆる算定基礎届です。
つまり、給料が毎月少しずつ動いても、保険料は1年間ほぼ固定です。
「先月は残業が多かったのに、保険料は変わらないんですね」
そのとおりで、それがこの制度の作りです。
ただ、年の途中で給料が大きく変わることがあります。
昇給、降格、手当の新設。
1年間そのままにしておくには、差が大きすぎる場合があります。
そのための例外が、随時改定です。
要件は3つ、全部そろったときだけです。
随時改定の要件は、3つあります。
1つ目、固定的賃金に変動があったこと。
2つ目、変動月からの3か月平均で、標準報酬月額に2等級以上の差が出たこと。
3つ目、その3か月とも支払基礎日数が17日以上あること。
短時間労働者として加入している人は、17日ではなく11日以上です。
大事なのは、3つすべてを満たしたときだけ改定する、という点です。
どれか1つでも欠けたら、対象外です。
対象外なら、次の定時決定まで今の標準報酬月額のままです。
順番に見ていきます。
要件1、固定的賃金が動いたこと。
いちばん誤解が多いのが、この要件です。
給料は、固定的賃金と非固定的賃金に分かれます。
固定的賃金は、支給額や単価があらかじめ決まっているものです。
基本給。
役職手当。
家族手当。
住宅手当。
通勤手当。
時給や日給の、単価そのもの。
非固定的賃金は、その月の働きぶりで額が変わるものです。
残業手当。
宿直や日直の手当。
精勤手当や皆勤手当も、出勤実績で変わるのでこちらです。
随時改定の入口になるのは、固定的賃金の変動だけです。
昇給や降給のほか、手当の新設・廃止・金額変更、日給制から月給制への変更などが入口になります。
「残業が3か月続けて増えて、給料がだいぶ上がったから月変ですよね」
これは、違います。
固定的賃金が動いていなければ、報酬が2等級分増えても随時改定はしません。
次の定時決定まで、待つことになります。
時給1,100円のスタッフなら、1,100円という単価が固定的賃金です。
その月に何時間入ったかによる増減は、非固定側の話です。
だから、最低賃金の改定で時給の単価を上げた瞬間に、要件1がともります。
パートやアルバイトが多い職場では、10月の時給改定が毎年の月変チェックの合図になります。
要件2と3、2等級と17日です。
要件1がともったら、変動後の給料を3か月分見ます。
変動月からの3か月の平均額を出して、標準報酬月額の表に当てはめます。
それが今の標準報酬月額と2等級以上ずれていたら、要件2を満たします。
たとえば、標準報酬月額22万円の人が、3か月平均で25万円になったとします。
厚生年金の等級表はこの範囲では2万円刻みです。25万円は26万円の等級に入るので、22万円から2等級上がります。
このときの厚生年金保険料の本人負担は、月20,130円から23,790円になります。
月3,660円、会社負担も同じだけ増えます。
これに健康保険料の増額分も、別に乗ってきます。
なお、等級表の上限や下限にかかる場合は、1等級差でも対象になる例外があります。
要件3は、支払基礎日数です。
変動月からの3か月とも、17日以上あることが必要です。
短時間労働者は、11日以上です。
1か月でも欠けたら、その回の随時改定は対象外です。
シフトを絞った月が混ざるパート従業員では、ここで外れることがよくあります。
昇給したのに平均が下がったら、対象外です。
ここからが、実務で間違えやすいところです。
固定的賃金が動いた方向と、3か月平均が動いた方向は、一致していなければなりません。
厚生労働省の事例集に、この趣旨が明記されています。
固定的賃金の増額・減額と、実際の平均報酬月額の増額・減額が一致しない場合、随時改定の対象とはならない。
こういう内容です。
標準報酬月額の定時決定及び随時改定の事務取扱いに関する事例集(日本年金機構掲載)
具体的には、こういうケースです。
10月に最低賃金が上がって、時給を改定した。
同時にシフトを見直して、残業も減らした。
結果、3か月平均は2等級以上下がった。
固定的賃金は上がったのに、平均は下がっている。
方向が逆なので、随時改定はしません。
「昇給したから、とりあえず月額変更届を出しておこう」
この機械的な処理が、いちばん多い間違いです。
逆のパターンも同じです。
住宅手当を廃止したが、繁忙期で残業が激増して平均は上がった。
固定は下がって平均は上がったので、これも対象外です。
同じ月に増えた手当と減った手当があれば、合計で見ます。
もうひとつ、事例集にはっきり書かれている論点があります。
同じ月に、固定的賃金の増額と減額が同時に起きた場合です。
たとえば、時給は上げたが、同時に住宅手当を廃止した。
このときは、固定的賃金の合計として増えたのか減ったのかで、方向を判定します。
事例集には、こういう趣旨の答えがあります。
複数の増減要因が同時に発生したら、固定的賃金の総額が増えるのか減るのかを確認する。
そのうえで、増額改定と減額改定のどちらの対象になるかを判断する。
定額の手当を廃止して、同額の手当を新設した場合はどうか。
固定的賃金の総額が変わらないので、随時改定の対象にならないとも書かれています。
「時給を上げたから、固定的賃金は増額」
こう単純に決めつけないでください。
手当の付け替えが同じ月に走っていたら、まず合計の増減を出すのが先です。
なお、変動的な手当の廃止と新設が同時に起きた場合は、平均が増えても減っても対象になるという但し書きもあります。
このあたりの混在ケースは判断が細かいので、迷ったら年金事務所に確認するのが安全です。
時給が同じでも、契約時間を変えたら対象です。
見落としやすいのが、逆方向の話です。
時給の単価は変えていない。
でも、契約上の所定労働時間を、1日8時間から6.5時間に変えた。
これは、固定的賃金の変動に該当します。
事例集に、時給単価の変動はなくても契約時間が変わった場合は随時改定の対象となる、という趣旨の問答があります。
「時給は変えていないから、社会保険は関係ないでしょう」
そうはならないのです。
一方で、契約は変えずに、実際のシフトが月ごとに増えたり減ったりしているだけなら、固定的賃金の変動ではありません。
契約を変えたのか、実績が揺れているだけなのか。
ここが、判定の分かれ目です。
改定されるのは、変動月から数えて4か月目です。
要件がそろったら、いつから保険料が変わるのか。
変動後の給料を初めて支払った月から数えて、4か月目の標準報酬月額から改定です。
10月支払分から新しい時給を反映したなら、10月・11月・12月の3か月で判定します。
改定されるのは、翌2027年1月分からです。
届出の月額変更届は、12月支給分の額が確定してから出すことになります。
つまり、10月に時給を上げた効果が保険料に届くのは、年明けです。
時給を上げた月から、3か月のカウントダウンが始まる、と覚えてください。
改定された標準報酬月額は、次の見直しまで使われます。
1月から6月に改定された場合は、その年の8月までです。
7月から12月に改定された場合は、翌年の8月までです。
対象外のときは、定時決定まで変わりません。
最後に、対象外になったときの話です。
さきほどの、時給は上げたが平均は下がったケース。
改定しないので、残業が多かった頃の高い標準報酬月額のまま、保険料を払い続けます。
本人負担も会社負担も割高な状態が続きますが、これが法令どおりの処理です。
解消されるのは、翌年の定時決定です。
4月から6月の平均で決め直して、9月分から下がります。
その前にまた固定的賃金の変動があれば、その時点で判定をやり直します。
「給料は減ったのに、保険料が変わらないのはおかしくないですか」
従業員からこう言われたら、説明できるようにしておいてください。
標準報酬月額が高いままということは、将来の年金額の計算の基礎も高いまま、ということでもあります。
傷病手当金などの給付も、標準報酬月額をもとに計算されます。
保険料だけを見れば損に見えても、一方的に不利なわけではありません。
この一言を添えるだけで、納得のされ方が変わります。
まとめ
保険料は毎月の給料ではなく、標準報酬月額で決まっています。
見直しは原則として年1回の定時決定で、年の途中の例外が随時改定です。
要件は、固定的賃金の変動、2等級以上の差、3か月とも支払基礎日数17日以上の3つです。
短時間労働者の支払基礎日数は、11日以上です。
入口になるのは固定的賃金の変動だけで、残業代の増減だけでは対象になりません。
時給の単価改定は固定的賃金の変動なので、10月の最低賃金改定は毎年の月変チェックの合図です。
固定的賃金の方向と3か月平均の方向が一致しないときは、対象外です。
時給を上げたのに残業減で平均が2等級下がったケースは、改定しません。
同じ月に手当の増額と減額が混ざったら、固定的賃金の合計の増減で方向を判定します。
同額の付け替えなら、対象外です。
時給が同じでも、契約上の所定労働時間を変えたら固定的賃金の変動です。
改定は変動月から数えて4か月目で、10月改定なら翌2027年1月分からです。
対象外のときは、翌年の定時決定まで標準報酬月額はそのままです。
高いまま残る場合でも、年金や給付の計算基礎も高いままなので、一方的に不利ではありません。
働き方をアセントさせる一歩は、時給を上げる前に、この3か月先までの段取りを描いておくことだと思います。
賃金変更後の随時改定を、正しく進めませんか
アセント社労士事務所では、固定的賃金の変動や3か月平均の確認、月額変更届の作成・提出まで、随時改定の判断と手続きを実務に沿って支援しています。
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