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海外赴任制度は「損もしなければ得もしない」を軸に作る

2026.07.22
海外赴任制度は損もしなければ得もしないを軸に作る

海外赴任制度を作るとき、最初に決めるべきことがあります。

それは、手当の金額でも、旅費の精算方法でもありません。

制度全体を貫く「考え方」です。

海外赴任制度では、「海外に行くことで、社員が損もしなければ、必要以上に得もしない」という考え方を軸にすると、制度を整理しやすくなります。

海外赴任は、社員の個人的な希望だけで行くものではありません。

会社の事業展開のために、生活拠点や働く環境を変えてもらうものです。

だからこそ、海外に行った結果、社員の生活水準が大きく下がる制度は避ける必要があります。

一方で、海外赴任をした人だけが極端に有利になる制度も、社内の納得感を失いやすくなります。

海外赴任者に過度な負担をかけず、過度な利益も与えない。

この基準を持っておくと、給与、手当、休日、旅費、住宅などを判断しやすくなります。

なぜ「損もしなければ得もしない」が必要なのか

海外赴任では、社員の生活環境が大きく変わります。

物価が変わります。

住居費も変わります。

税金や社会保険の仕組みも変わります。

家族を帯同する場合は、子どもの学校や配偶者の生活にも影響が出ます。

会社の命令で海外へ行ったにもかかわらず、収入が下がったり、生活費が増えたりすれば、社員は「海外赴任によって損をした」と感じるでしょう。

これでは、赴任者の意欲が下がります。

今後、海外赴任の候補者を募る際にも、手を挙げる人がいなくなるかもしれません。

反対に、海外赴任者だけが大幅に収入を増やし、帰国時に多くの資産を作れるような制度にすると、国内で働く社員から不満が出る可能性があります。

海外赴任者への支援は必要です。

ただし、その支援は「海外に行ったことへの賞金」ではありません。

環境の変化によって生じる負担を補い、日本にいたときと近い状態で生活し、働けるようにするものです。

日本にいた場合を基準に考える

制度を作る際には、海外赴任をしなかった場合の待遇を基準にするとよいでしょう。

日本にいた場合、どの程度の給与を受け取っていたのか。

どの程度の住居費や生活費がかかっていたのか。

どのくらい働き、どのくらい休日を取っていたのか。

まずは、この状態を把握します。

そのうえで、赴任先との違いを確認していきます。

赴任先の物価が高ければ、その差をどのように補うのか。

住居費が大幅に高ければ、会社がどこまで負担するのか。

税制の違いによって手取りが下がるのであれば、どのように調整するのか。

現地法によって残業代の扱いが変わるのであれば、収入水準をどう維持するのか。

こうした差を一つずつ確認し、必要な部分だけ補います。

確認方法の1つとしては、Marcer Japanが出している日本人世界生計レポートを購入する方法があります。

日本より有利にすることが目的ではありません。

日本より不利にしないことが目的です。

海外赴任規定の項目も、この軸で決める

海外赴任規定には、さまざまな項目があります。

制度の目的や適用範囲を定める総則があります。

赴任や帰任にかかる旅費、引っ越し費用などの実費に関する規定があります。

給与や海外赴任手当、住宅手当など、お金に関する規定も必要です。

勤務日、休日、赴任期間、家族帯同、医療、安全管理なども決める必要があります。

項目は多いですが、すべてを「損もしなければ得もしない」という考え方で確認していきます。

たとえば、引っ越し費用は、会社の都合によって発生する費用です。

基本的には、社員個人に負担させるべきものではないでしょう。

一方で、本人の希望による高額な荷物や、業務に必要のない費用まで無制限に会社が負担する必要はありません。

会社都合による必要な費用は会社が負担する。

個人的な希望による追加費用は本人が負担する。

このように分けると、制度が明確になります。

赴任期間を曖昧にすると、社員は大きなリスクを負う

「損もしなければ得もしない」という考え方は、お金だけの話ではありません。

赴任期間も重要です。

海外赴任を命じられる社員にとって、「いつ帰国できるのかわからない」という状態は大きな負担です。

本人だけではなく、家族の生活設計にも影響します。

子どもの学校をどうするのか。

配偶者の仕事をどうするのか。

住居をどうするのか。

親の介護にどう対応するのか。

赴任期間が曖昧なままでは、これらを判断できません。

事業の状況によって、正確な帰国時期を約束できない場合もあるでしょう。

それでも、原則となる期間は示す必要があります。

原則1年なのか、2年なのか。

延長や短縮はあり得るのか。

延長する場合は、いつ本人に伝えるのか。

こうした情報を規定と個別説明の両方で伝えます。

期間が変更される可能性があるなら、その可能性も最初から説明しておきましょう。

情報を隠したまま赴任させることは、社員に一方的な負担を負わせることになります。

勤務日と休日も、日本との違いを確認する

勤務日や休日についても、基本は日本にいた場合との比較です。

日本で週5日勤務だった人が、海外赴任によって大幅に勤務日数を増やされるのであれば、負担は大きくなります。

一方で、赴任先の祝日が日本より多いからといって、すべてをそのまま上乗せすると、国内勤務者とのバランスを欠く可能性があります。

現地の法律や慣行を守りながら、日本で働いていたときと大きく変わらない勤務環境を作る必要があります。

まったく同じ日数にすることが目的ではありません。

負担や待遇に大きな差が出ないように調整することが目的です。

残業代の扱いなどは、制度設計が難しい部分です

海外赴任では、赴任先の法律に従う必要があります。

日本の労働法を、そのまま海外で適用できるわけではありません。

そのため、日本では残業代の対象だった社員が、赴任先では残業代の対象外になることがあります。

たとえば、日本で店長として働き、毎月残業代を受け取っていた社員が、アメリカへの赴任後、現地法上は残業代の支給対象外になるケースです。

会社が「現地法では支払う必要がないので、残業代はなくします」と判断すれば、本人の収入は下がります。

これは、海外赴任によって社員が損をする状態です。

では、日本と同じように残業代を支給すればよいのでしょうか。

ここにも問題があります。

現地の同じ役職の社員には残業代がないのに、日本から来た社員だけに残業代を支給すると、現地社員から不満が出る可能性があります。

このような場合は、残業代という名称で支払うのではなく、日本で受け取っていた平均的な残業代を参考にして、基本給や赴任手当に反映する方法があります。

日本で毎月5万円程度の残業代を受け取っていたのであれば、海外赴任後の給与に、その水準を考慮した調整を行います。

現地では残業代を別途支給しません。

ただし、本人の収入水準は大きく下げないようにします。

こうすることで、日本での待遇と現地制度の間に妥協点を作れます。

もちろん、実際の設計は、赴任先の法律や役職、雇用形態によって変わります。

重要なのは、現地法に従うことだけで終わらせず、社員が海外赴任によって不利益を受けていないかを確認することです。

現地社員との公平性も忘れてはいけない

海外赴任制度を作る際には、日本から赴任する社員だけを見てはいけません。

現地社員が制度をどう受け止めるかも考える必要があります。

日本人赴任者だけに高額な手当や特別待遇が与えられているように見えると、現地社員との関係が悪化する可能性があります。

一方で、海外赴任者には、移動や家族帯同、生活環境の変化といった特有の負担があります。

その負担を補うことまで、不公平だと考える必要はありません。

公平とは、全員を同じ待遇にすることではありません。

異なる負担に対して、必要な支援を行うことです。

ただし、その支援の理由を説明できるようにしておく必要があります。

なぜ住宅を会社が用意するのか。

なぜ赴任手当を支給するのか。

なぜ帰国費用を負担するのか。

それぞれの支援が、海外赴任によって生じる負担を補うためのものだと説明できれば、制度の納得感は高まります。

「手厚い制度」より「説明できる制度」を作る

海外赴任制度は、手当を増やせばよい制度になるわけではありません。

重要なのは、一つひとつの待遇に理由があることです。

なぜ、この手当を支給するのか。

なぜ、この費用は会社が負担するのか。

なぜ、この費用は本人負担なのか。

なぜ、日本と同じ扱いにならないのか。

会社がこれらを説明できなければ、制度の基準が曖昧だということです。

基準が曖昧な制度は、赴任者ごとに対応が変わりやすくなります。

声の大きい人には手厚く対応し、何も言わない人には最低限の対応しかしないという状態にもなりかねません。

これでは、公平な制度とはいえません。

「損もしなければ得もしない」という基準があれば、個別の判断にも一貫性を持たせやすくなります。

社員にとっての「損」は、お金だけではありません

制度設計では、金銭面に目が向きやすいです。

ただ、社員が感じる損失は、お金だけではありません。

家族と離れて暮らす負担があります。

配偶者が仕事を辞める場合もあります。

子どもが転校することもあります。

言葉や文化の違いによるストレスもあるでしょう。

医療への不安や、治安への不安もあります。

こうした負担を、すべてお金で解決することはできません。

だからこそ、相談窓口、健康管理、安全対策、家族支援、帰国後の配置なども制度として考える必要があります。

海外赴任によって、本人のキャリアが不利にならないようにすることも大切です。

海外で得た経験を、帰国後にどのように評価するのか。

帰国後にどのような役割を任せるのか。

ここまで設計しておかないと、社員は海外赴任を「キャリア上の損失」と感じる可能性があります。

海外赴任制度は、社員の不安を減らす仕組みです

海外赴任制度の役割は、会社が支払う費用を管理することだけではありません。

社員が安心して海外へ行き、現地で仕事に集中できる状態を作ることです。

給与がどうなるかわからない。

いつ帰国できるかわからない。

家族への支援があるかわからない。

帰国後の仕事がどうなるかわからない。

この状態では、現地で成果を出す以前に、不安で消耗してしまいます。

制度によって不安を減らせれば、社員は現地での仕事に集中できます。

結果として、会社の海外事業にもよい変化が起こります。

制度は、社員を縛るためのものではありません。

安心して挑戦できる環境を作るためのものです。

制度を作る前に、この問いを確認する

海外赴任制度を作る際には、各項目について、次のように考えてみてください。

「この取り扱いによって、社員は海外赴任をしなかった場合より損をしないか」

そして、もう一つ確認します。

「必要な負担の補償を超えて、過度に有利な制度になっていないか」

この二つの問いを繰り返すことで、制度の軸がぶれにくくなります。

海外赴任制度に、すべての会社に共通する唯一の正解はありません。

赴任先の国も違います。

事業の内容も違います。

社員や家族の状況も違います。

それでも、「損もしなければ得もしない」という基準は、多くの判断で役に立ちます。

海外赴任者だけが負担を背負わないようにする。

一方で、国内社員や現地社員が納得できないほどの特別待遇にもならないようにする。

その間にある、会社と社員の双方が納得できる地点を探す。

海外赴任制度は、そのための仕組みです。

まずは細かな条文を書く前に、自社にとっての「損もしなければ得もしない」とは、どのような状態なのかを言葉にしてみましょう。

そこが明確になれば、給与や手当、休日、赴任期間、家族支援なども、筋の通った形で設計できるようになります。

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