代表プロフィール|アセント社労士事務所
労務の土台を整えて、
経営と現場に余裕を取り戻す。
アルバイト1万人規模の組織を含む15年。
トラブルで削られる時間とメンタルを、まず止めます。
長田 充博
Nagata Mitsuhiro
アセント社労士事務所 代表。
社会保険労務士。
社会人になってすぐに感じたことがあります。労働基準法をはじめ、働くことのルールを、会社側も従業員側もほとんど知らないまま働いている。そして、そこからいろいろな問題が起きている。もっとみんなが知っていればいいのに、と思っていました。
労働基準法、労災保険法、雇用保険法、健康保険法。これらは、働くことや人を雇うこと、経営することの土台です。その土台がぐちゃぐちゃなままで、上にいい制度を積もうとしても、うまくいきません。だから社労士の勉強を始めました。
30歳のとき、社会保険労務士試験に合格。以後15年間、複合アミューズメント事業を展開するサービス企業の本社人事労務部門で、アルバイトスタッフ1万人を超える組織の労務管理と、日々起きるトラブルの対応にあたってきました。
そこで感じたのも、やはり同じことでした。トラブルの原点には、多かれ少なかれ「お互いに知らない」があります。
そしてもう一つ、現場で何度も見てきたことがあります。社長や管理職が、部下の問題で消耗していく姿です。「問題社員の対応に疲れきって、このままではあの管理職が潰れてしまうのではないか」。社長からそんな相談を受けたことも、一度や二度ではありません。
労務管理で困っている人を減らしたい。それが、私がこの仕事をする理由です。
あのとき、誰かに相談していれば。
私がこの仕事をする、いちばん深いところにある理由です。
大学時代、キャンプ場で起きたこと。
大学時代の4年間、私は地元の市が運営するキャンプ場のボランティアに明け暮れていました。 あるクリスマス、子どもたちを集めた日帰りキャンプで、私は企画のリーダーを任されます。
20人ほどのスタッフを3つの班に分け、それぞれに準備を進めてもらいました。 ひとつの班の準備がぎりぎりまで終わらず、前日は深夜まで作業が続きました。 当日の朝、その班のスタッフの一人が欠席だと市の職員から伝えられ、私はそのままキャンプを進行しました。 子どもたちの笑顔に囲まれて、キャンプは大成功でした。
すべてが終わったあとに、知らされました。前日の深夜、その人が帰宅の途中で事故に遭っていたこと。 そして、もう二度と、一緒にキャンプをすることはできないということを。
リーダーとして、どうしていればよかったのか。間に合わなくてもいいから、早く帰らせるべきだったのか。 私がその班の準備を手伝っていればよかったのか。そもそも、人の配置が間違っていたのか。
ただ、ひとつだけはっきりしていることがあります。 当時の私は「リーダーだから、全部自分で考えなければいけない」と思い込み、 誰にも相談せずに判断し、決めていました。 それが、あの出来事につながったのかもしれない。 その思いは、いまも消えていません。
当時の自分を、助けたい。
社長も、管理職も、人の問題をひとりで抱えがちです。 「自分が責任者だから」と、誰にも相談できないまま判断を重ね、消耗していく。 その姿は、あのときの私と重なります。
労務の問題で、ひとりで悩んでいる社長や管理職を助けたい。 それは、当時の自分を助けてあげたい、という思いと同じです。 私はその思いで、この事務所をやっています。
ひとりで決めなくていい。
困ったとき、迷ったときに、いつでも相談できる相手でありたいと思っています。
いつでも相談できる体制
困ったとき、迷ったときに、すぐ連絡が取れること。顧問先とは日頃から状況を確認し合える関係を大切にしています。
会社が動くときに、そばにいる
法人化、店舗の拡大、事業の縮小。会社が動くタイミングで人の問題は起きやすいもの。その節目に先回りして備えます。
ひとりで抱えない仕組み
税理士・弁護士など他士業とも連携し、「誰にも相談できないまま決めてしまう」状況をなくしていきます。
「アセント」に込めたこと
アセント(Ascent)には、
「上昇」という意味があります。
経営者の方も、働く従業員の方も、労務の知識と働き方を一段ずつ上昇させていく。その伴走をしたい。そう思って付けた名前です。
労務——つまり「人の問題」で疲弊している会社を、よりよい方向へ導く。会社も従業員も、一緒に上昇できるようにする。それが、この名前に込めた私の役割です。
終身雇用と年功序列。新卒で一つの会社に入れば、定年まで会社が面倒を見てくれる。だから何も考えなくていい、仕事だけ一筋にやっていればいい。副業なんてとんでもない、リスキリングなんて転職する気か——そういう空気が、長いあいだありました。
結果として、会社は従業員に学ばせず、従業員も学ばなかった。表面的にはもう崩れています。転職は当たり前になり、年功序列も崩れてきました。ただ、根のところにはまだ残っている気がしています。
企業も、従業員も、働き方をアセント(上昇)させていく。
その伴走をすることが、この事務所の役割です。
目指す社労士像
まず、消耗を止める。話はそこからです。
問題社員への対応、ハラスメント、長時間労働、育児・介護との両立。 こうした問題が起きると、担当者も、上長も、最後は社長までもが消耗します。 時間を大きく使い、気持ちも削られる。だから本業に集中できなくなる。 生産性が落ち、長時間労働につながり、売上にも響く。悪循環です。
私の役割は、まずこの悪循環を止めることです。 社会保険の手続き、就業規則の整備、制度の設計、そして労務トラブルへの対応。 これらを引き受けることで、時間にも、気持ちにも、余裕が生まれます。
そして、余裕ができた先に。
はじめにお断りしておくと、仕事に手を抜いていい、という話ではありません。 仕事は大事です。目の前の仕事に本気で向き合った経験のない人が、外で何かを得られるとも思いません。 ただ、仕事だけでは足りなくなった。そう考えています。
理由は、会社の中だけで人を育てきることが難しくなったからです。 AIのように日進月歩で変わっていく技術があり、働き方も価値観も多様化して、 「これが正解」と言い切れることが減りました。 社内の経験と研修だけで、この変化の速さに追いつくのは、もう無理があります。
だから私は、社員が社外に出て学ぶことを、遠回りだとは思いません。 外で身につけた知識も、社外で出会った人とのつながりも、最後は会社に返ってきます。 社員を外に出したほうが、結局は会社の成長につながる。 これが、私が働き方にこだわる理由です。
私自身がそうでした。20代前半は、仕事と家との往復だけで過ごしていました。 仕事はしていましたし、そこで学んだこともあります。ただ、外から学ぶ機会はまったく持っていませんでした。 30代でランニングを始め、チームに入り、大会の運営やカメラマンを引き受けるようになって、 ようやく仕事以外の場所でも自分が育っていく感覚を持てました。
とはいえ、社員が外に出るには、時間と気持ちの余裕が要ります。 労務が荒れている会社では、その余裕が真っ先に失われます。 週休3日制やフレックス、在宅勤務といった制度も、入れるだけでは足りません。 なぜその制度を入れるのか、会社の考えをあわせて伝える必要があります。
ただ、いまはその手前で、そもそも「できない環境」にある会社が多いように思います。 だからまずは、手続きと制度設計で「できる環境」をつくる。そこに貢献したいと考えています。
ワークライフバランスではなく、ワークライフハーモニーへ。
その入口を、労務の側から整えます。
主に担っていること
MAIN
労務トラブル対応
問題社員への指導、ハラスメント事案、長時間労働、育児・介護との両立。感情と法律がぶつかる場面で、事実を整理し、何をどの順番で進めるかを決めます。
BASE
社会保険手続き
入退社にともなう届出、各種給付の申請、日々の手続き。手前の実務を確実に回すことが、トラブルを未然に防ぐ土台になります。
DESIGN
制度設計・就業規則
就業規則の策定と見直し、働き方の制度設計。トラブル対応で得た経験を、同じことを繰り返さないためのルールと運用に変えます。
これまでの経歴
放課後の「班活動」が、いまの原点。
担任は「教科書を覚えるだけの勉強に何の意味があるんだ」と問う先生でした。放課後は自分たちで班をつくり、何をするかから考える。畑班、サイエンス班、スポーツ班。
私がいたサイエンス班では「人が入れるくらい大きなシャボン玉を作ろう」となり、グリセリンという薬品が要るとわかりました。買うにはお金が要る。ではどうするか——廃品回収で自分たちで稼ぐ。一軒ずつ訪ねて古新聞を集め、教室の後ろが新聞で埋まりました。
学校の勉強だけが全てではない。外にいろんな世界がある。そう気づけた2年間でした。
学校の外に出続ける。
中学ではYMCAのスキー、高校では夏休みを使ってオーストラリアへ短期留学。学校だけで学生生活を終えるのはもったいない、という感覚がずっとありました。
大学生時代 4年間、キャンプ場に通う
半分ボランティアのような形で、4年間キャンプ場に関わりました。林間学校で来る小中学生の飯盒炊爨を手伝い、キャンプファイヤーを企画して、ゲームや歌を回す。自分たちでキャンプを企画し、参加者を集めることもありました。
働くって何だろう、喜んでもらうって何だろう。社労士という言葉はまだ知りませんでしたが、興味の芽はこのあたりにあったのかもしれません。
リーダーを任されたあるキャンプで、いまも忘れられない出来事がありました。このときの後悔が、私がこの仕事をする理由につながっています。
就職。働き方への疑問と、20代前半のモヤモヤ。
BtoBの営業を学びました。法人営業だったので他社の方と接する機会も多く、自然といろいろな会社の働き方を見聞きすることに。同時に、みんな働くルールを知らないまま働いている、という違和感も強くなっていきました。
一方でこの頃の私自身は、仕事と家との往復になっていました。仕事には打ち込んでいましたが、そこから外に出る機会をまるで持っていなかった。いま振り返ると、そこがもったいなかったと思います。
社内で総務部への公募があり、応募したところ異動が叶い、そこで労務や社会保険を学びました。
転職。社労士資格合格。
転職、その直後に社労士試験合格(3回目の受験)。以後15年にわたり、1万人規模のアルバイト労務管理を担当。
社会保険手続き、就業規則変更、労基署対応、ハラスメント事案などの労務トラブルを一手に引き受ける。
走り始める。往復だけの生活から抜け出す。
ランニングを始め、やがてチームに入りました。大会の運営を手伝い、カメラマンもやりました。仕事の外にも自分が育つ場所があると、はっきり実感した時期です。
そこで得た経験や人とのつながりは、巡り巡って本業にも返ってきました。いまこうして独立しているのも、この頃に外へ出たからだと思っています。仕事と家との往復だけを続けていたら、たぶん今もサラリーマンをやっていました。
アセント社労士事務所 開業
労務の土台を整えることで、経営者にも現場にも余裕を取り戻す。その伴走をするために独立しました。
労務の問題でひとりで悩む社長・管理職を、ひとりでも減らしたい。その思いは、あの頃から変わっていません。
趣味・プライベート
100kmウルトラマラソン
年に数回、100km以上を走るウルトラマラソン(トレイルランニング)の大会に出場しています。 ただひたすらにゴールを目指して走り続ける時間は、自分自身と向き合う大切な時間です。
マラソンは準備が9割と言われます。日々の練習、食事管理、道具の準備・・・
あらゆるトラブルを想定して準備する姿勢は、社労士業務における「リスク管理」にも通じていると感じています。
そして残り1割は何が起こっても何とかする力。
「諦めずに最後まで伴走する」。
それが私のモットーです。
まずは一度、お話を聞かせてください
ひとりで抱え込む前に。「こんなことで相談していいのか」と迷うことほど、早めに聞かせてください。
御社の現状や課題感、将来のビジョンなど、ざっくばらんにお話ししましょう。